LOG IN

8.19 バイクの日

by kumami

バイクに乗れた人生で本当に良かったと思う。

今はもう乗っていないけれど「この世には乗る者と乗らない者がいる」という横浜ケンタウロスのボスの言葉に答えるとすると、自分は「乗る者」だと答えたい。

あんな危険な趣味はやめて、もっと安全でドキドキ楽しいことを見つけなさいと誰かが言ったけど、いまだにそういう趣味は見つかっていない。

自動車教習所で人と同じように自分もという軽い思いで教習を受けていた頃、目の前をバイクの教習をする指導員のバイクが地面すれすれのリーンインでくるくると回っているのをぼんやり見ながら、自分はあんなこわいものには一生乗らないだろうと私は言い切った。

その二年後、自転車に乗れるようになった一年後でもある頃、その自転車で夢中で教習所への坂を上っていた。

自動二輪の中型免許が衝動的に欲しくなったのだ。きっかけは、三好礼子の本「幸せは白いTシャツ」を読んだこと。読みながら涙が出るほど感動して、自分も同じ体験がしたいと切望したのだった。

バイトを始めた。親には免許を取るだけだと言った。その頃の自分はそれが本音だった。苦労して中型二輪の試験に合格した。

更にバイトを頑張った。ヘルメットとグローブを買った。堪えられずにバイクを買った。親には買ってから報告した。有無を言わせなかった。

毎日のようにバイクに乗った。

車道の真ん中でエンストしても立ちごけしても痣だらけになっても乗らずにいられなかった。バイトに行くにも旅をするにも何かの用事にしてもバイクで行きたかった。

小さな旅をたくさんした。遠い旅を何度かした。彷徨った。

すれ違う旅のバイクからのサインに涙した。旅先で人と出会った。でもほとんどいつも一人で走っていた。

命の危険にさらされるバイクだけど、命の尊さを一番教えてくれたのはバイクだった。

今日も無事帰ってこられますようにと祈って走り出し、今日も無事帰ってこられてありがとうございますと感謝して冷えていくエンジンにそっと触れた。

自分の命や人生に自分が全責任を持つつもりがないと乗れない乗り物だと思うから、どんなに素晴らしい思い出があってもひとには勧められない。

でもこんな素敵な乗り物はなかなかないだろうとも思う。

走っていないと倒れる、踏ん張らないと転ぶ、ものすごく不便で、ものすごく自由な乗り物。

大道をそれて路地に曲がって道に迷う。それでも新しい感動がそこにあったりする。

まるで人生のようだと思いながら走っっていた。同じ道を戻るのが嫌で、行き止まりまで走っていった。しぶしぶ戻って何かを学んだ。

走る道の上こそ自分の居場所だと思っていた。

おまけ

二度の事故の後(打撲程度)、経済的にも体力的にも維持する自信がなくなってバイクを手放す決意をしたとき、実家の母が意外なことを言いました。

「修理するのにいくらかかるの?」

そんな危ないものは手放して正解とでも言うのかと思ったら、その反対のことを言ったのです。

どんなに夢中になっていたか、それを見てわかってくれていたのは母だったようです。

もうひとつ思い出しました。

あきれ返って何も言わずにいたと思っていた、その当時反抗していた今は亡き父が、ぼそっとつぶやきました。

「気持ちいいんだろうなあ・・・」

自分を見守って送り出してくれていた家族の思いを、長い間知らずにいました。

訂正

「幸せは白いTシャツ」は三好礼子の本ではなく、片岡義男作でした。中の写真が三好礼子でした。何度でも読みたい、良い本です。

OTHER SNAPS