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竹駒神社で願いごと

by kumami

 二〇一八年一〇月二七日(土)曇り、時々晴れ。最高気温二〇度くらい。

 

 ここのところ自分に合わない仕事のペースを落としているので、時間だけがたっぷりある。当然ながら収入がダウンするから、暇を持て余してぼんやりしているわけにもいかない。

 とはいえ、今すぐに行動してお金を生み出すこともできず。そんなこんなで、ネットで情報を収集するもらちが明かず。変な疲れがたまるばかり。

 雨も上がったことだしと、また大きな存在に会いに行ってきた。衣食住など生活全般のことをお願いしている、竹駒稲荷神社さんへ。

 お稲荷さんはお礼参りをしっかりしないと怖いという話もあるけれど、竹駒神社ほど大きくなるとさほど気にしなくても良いらしい。

 それでも、前回書いたように、無邪気に遊びに来ました~と気軽に言えるような雰囲気ではなくて、ちょっと狐の眷属が厳しめに感じられる。

 眷属というのは神様にお仕えする存在のことで、お稲荷さんの場合はお狐さまということになるらしい。(その辺の話は桜井識子さんのブログや本に詳しく書いてあるのでご参考に)

 一礼して鳥居をくぐり、厳しめのお狐さまにじろりとにらまれながら先に進む。歩きながら自己紹介をして、現状の説明をしたり願い事など考える。

 毎度のことながら、ここまで来てはっきりとした願い事が浮かばない。自分は本当は何をお願いしたかったのだろう。

 自分に問いながら本殿の前に着いてしまう。心が定まらないままお賽銭を入れ、手を合わせ、それでもまだ願い事が定まらない。

 とりあえず、今日まで毎日の生活を無事で過ごせたことと、生活に必要なものをすべて与えていただいたことを感謝。

 そうしているうちに、自分は満たされていて、不足はなく、願いはすでに叶えられていることにうっすら気が付いたりする。

 憂えているのは先のことだ。減ってしまう収入を補うために、仕事を変えるか増やすしかない。そのお願いだ。

 そこのところをしっかりはっきりお願いしてこなかったことをちょっぴり後悔。神さまとはいえ、より具体的に言わないと伝わらないそうなので。

 帰宅してから思ったことは、引き続き衣食住に困らないようにとシンプルにお願いしてくれば良かったのかなと。

 そもそも、前のブログには、のんびり自由に暮らしたいなどと綴っていた。その願いはすでに叶えられ、こうして暇を持て余しながらも食べたいものを食べ、暖かい布団で眠り、何ごともなく暮らすことができている。

 最近Twitterで「いいね」した印象的な言葉が二つある。一つは「何もしないことも必要である」、もう一つは「運勢占い的には何事もなく平凡な人生が最強の運勢だ」というような言葉。

 上の写真は本殿、その下が奥宮への入り口だ。ちょうど本殿の裏手に奥宮がある。中は特別な空間になっていて、更に厳しい雰囲気が漂っている。けれど、洞窟好きの自分にはホッコリできる空間でもある。

 こちらでも再度お願い事をしたのだけど、相変わらずはっきりくっきりとした願い事をお伝えできず。

 結局のところ、自分は幸せなのだと認めざるを得ないのだ。仕事の希望を無理やり考え出して願ってみても、考えが甘いとお狐さまの視線がささる。

 

 私にとっての神仏は、どこそこの何々神さま、何々仏さまというよりは、宇宙や生き物などすべてものを創造した大きな力のようなものだと思っている。

 その力のようなものをわかりやすく、人間に近いものとして表現されたのが、神社やお寺の神仏ではないかと思っている。

 思っているというのは正確ではなくて、いつかどこかで誰か偉い人が書いたか言ったかしたことを、全くその通りだと認めて自分の中に取り入れたのだろう。

 こうしてどこかへ出かけて行って、写真を撮り、つらつらととめどない文章など綴るのも、ひとつの夢だったこと。それが今こうして現実になっている。

 ひとつ、強く願うべきことがあったのだけど、こちらの神さまはちょっと違うかもと願うことをしなかった、闘病中の友のこと。私などが中途半端に願うより、友には友の生きる力、その中に存在する神の力があるだろうと信じたい。

★場所の情報など

竹駒神社:宮城県岩沼市稲荷町1−1

https://www.miyagi-jinjacho.or.jp/jinja-search/detail.php?code=310010288

カメラはCanon PowerShot SX150IS

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