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秋の夜のノスタルジー

by kumami

秋の夜のノスタルジー

 友達は神仏と老子

 とある占いに、これからの幸運期にむけて過去を振り返ってみましょうとあったので、もう一つの秘密のブログの過去記事を読んでみたら、こんなのがありました。

◆二〇一〇年一〇月二四日深夜の日記より

 定期券が今日までだったし、秋晴れだったし、友達は誘っても来なかったし、体調もスッキリ爽やかなんかじゃないけど、せっかくだから太陽にもあたりたかったし、今の友達はほぼ神仏さましかいないし、ふと思いついて浅草寺に行ってきた。

 元気のない日本なんて無縁の世界だ。あきれ果てるほど人であふれていた。お札交じりの賽銭が飛び交っていた。

「オンリー・ブディスト」だと窓口の坊さんが訳の分からない説明をするので、かまわず観音さまの前まで上がらせてもらった。

 帰依というような本式なことはしていないどころか、ブディストであるつもりもないけど、私は単純に神仏が好きだ。自分は神仏の子どもだと思っているし、本音を語れる唯一無二のお友達だとも思っているから、上がらせてもらってもいいのだ。

 ちなみに、浅草寺さんには聖観音さまがいらっしゃる。人間界で孤独な時は、目に見えない大きな存在に会いに行くといい。心の中で何でも語りかければ、何も言わずに聞いてくれる。無邪気に遊びに来ましたと言えば、喜んで温かく見守っていてくれる。そんな気がする。

(中略)

 また旅に出たい衝動に駆られている。過去に絶望的な状態で暮らした、あの山奥の小さな村のある方面。

 絶望だと思っていた日々は、神仏に守られていたかのような、救いの日々であったことを、時を経るごとに思い知る。

 雪が降り、道は凍り、春が来て、雪は解け、木々の芽が膨らみ、土には山野草の小さな花、木洩れ日、光る朝露。

 悪口を好む村人たちは神々の化身で、彼らに守られ育てられて、私は生き直しをしていたのだ。

 村を出てから、近付くことも思い出すこともしたくなかった気持ちは、いつしか懐かしさに変わっていた。

 あの山をまた見たいと無性に思う。あの神々の近くで、ゆったり自然に溶け込みたい。温泉にでも入りたい。

 現実逃避の始まりだ 。とはいえ、心が望んでいるのはそっちの方向だ。仕事をしてお金を稼いで、心身を痛めつけながら生活を維持していくことを本当に心から望んではいない。

 地位も名誉も、必要以上のお金も物も食物も、たぶんいらない。そんなことを理解してくれる人などほとんどいないだろう。

「誰もがそう思いながら、がんばって生きているのだ」と、ほとんどの人は 怒ったように言うだろう。

 神仏ならば何とおっしゃるだろう。今の私のような者に。

 怠け者、愚か者、半端者、おまえは間違いだと言い切って下さるだろうか。 あるいは、そのままでいいのだと。

 生まれてからずっと、思い起こせば 思い起こすほど、繰り返してきた過ちと苦しみ。

 誰にもわからない心の闇。

 行きたいなあ、またあの山奥の村へ。

◆二〇一〇年一〇月二四日午後の日記より

 昼下がり、お茶を飲みながら、今年新しく出会った友達と遊んだ。

 友達の名前は、老子。

 昨日の友達は観音様で、こんなことを書いているととうとう本当におかしくなったのかと心配されるだろうか。孤独と悲壮感の究極の状態に到達してしまったと思われるだろうか。

 自分的にはそうだな、常識的に見ればおかしいのかもしれないけど、ほんとの友を得た気持ちには変わらない。

 めったに会えないひとりひとり、ふと心の中で思い出しては連絡も取り合わない、だけどいつ会っても昔のままでいられる、そんな旧友たちと共通する、偉大なる不滅の友人たちを私は得たのだと思っている。

 で、今日の友達がぽろりとその書の中でつぶやいた言葉をまた聞いたので、日記に残しておこうかと思う。

…「老子」 第二十章の一部より…

人々は浮き浮きとして、

まるで大判ふるまいを受ける招待客、

春の日に高台に登った物見客のようだ。

だが、わたしだけはひっそりとして心動く気配も無く、

まだ笑うことを知らぬ嬰児のようだ。

しょんぼりとしおれて宿なし犬もいいところ。

人々はみな裕福なのに、わたしだけは貧乏くさい。

愚か者の心だよ、わたしの心は。のろのろと間が抜けていて。

世間の人間はハキハキしているのに、

わたしだけはうすぼんやりで、

世間の人間は明快に割り切ってゆくのに、

わたしだけはグズグズとふんぎりがつかない。

ゆらゆらとして海のようにたゆたい、

ヒューっと吹きすぎる風のようにあてどない。

人々はみな有能なのに、

わたしだけは頑かで野暮くさい。

わたしだけが変り者で、

乳母なる「道」をじっと大切にしている。

…(引用、ここまで)…

 そう、先日電車の中で始めてこの言葉を読んで泣きそうになった。めったに自分自身のことを語らなかった老子のつぶやきと言われる言葉だ。

 ここ連夜カモメのオバサン(注一)から電話が入る。またまた無職になった私を心配している。たぶん 彼女も孤独。

 強くたくましく、熱があっても肉体労働を休まず、週一の休みには電車賃惜しまずどこかへ出かけ、こんな私に 電話代を惜しむことなく孤独を紛らせているのだろうと、同じような身の上の私は察するのだった。

 

 それでもねえ、生きないといけないんだよ。偉そうなことを私は言える立場じゃない。

 おまえがしっかりしろよ、と会えない友達たちは言うだろうか。

 はい、がんばらないで生きていきます、と私は相変わらず答えるだろう。

(と、そんな日記を綴っていた頃もありましたとさ。)

注一:前のブログに登場した、山本カモメフェリーおばさん。今は闘病中。

★写真の情報など

一枚目:東京 浅草寺 二〇一二年一月

二枚目:青森県 白神山地 二〇〇四年八月(日記の中の村は青森ではありません)

カメラはオリンパスμ

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