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帰りたい

by kumami

(二〇〇八年二月十六日の日記より)

どこへ?・・・

空には空の

雲には雲の

太陽にも月にも

動物にも木にも草にも水にも石にも

ありとあらゆるものに魂が宿っている場所に

わたしは帰りたいと強く願った。

そこがどこなのかわたしにはわからない。

今生きるこの場所のすべてのものにも魂が宿っているとわたしは信じているつもりだった。

だけど、わたしの魂は息を詰まらせて、ここではないどこかへ帰ることを泣きながら切望している。

子供の頃、わたしは時々そういう場所で生きていた。わたしを守り育ててくれたのは両親や祖父母や親戚や周囲の大人たちばかりではなかった。いつも見えない何か大きな暖かい存在がわたしのそばにいて守り育ててくれた。赤犬はそのことを知っていて、いつもそばにいて見守ってくれていた。そんな風に今は思い出すことができる。

多くの大人や子供たちの中にいていつも孤独だったと思っていた自分は、その大きな存在のおかげで孤独に押しつぶされずに生きていられたのだと、いま知った。

キッチンの陽だまりの中で、背もたれに毛布やかけ布団をかけた椅子の中にうずもれるように腰掛けて、チョコケーキとバナナとコーヒーを楽しんだ後、ネイティブ・インディアンの言葉を読んでいる。

「それでもあなたの道を行け」というとても美しいネイティブ・インディアンの青年の写真が表紙になっている本だ。

本の中に掲載されている彼らの写真を見て思う。どんな状況で、どんな気持ちでそれらの写真が撮影されたのか。戦いに敗れた後に、敵であった人種にカメラを向けられていたはずであり・・・・

彼らの顔を見ていて思う。閉じ込められたやり場のない怒りや正しいものを正しいと主張できない悲しさや・・・私の貧しい言葉でなどとうてい表現できないけど。

なぜか彼らの顔を見ていて思う。理由のわからない懐かしさや忘れていた愛情のようなものが心の中に湧いてくるのを感じる。

昼前まで布団から出る気持ちになれなかった。楽しみの朝食のための買い物はちゃんとしてあるのに・・・

本を読もうと思った。

布団の中でもできるだろうと。

外は晴れているらしい。

いいかげん起きた。

起きて自動的にする行動。

やかんに水を入れて火にかけて・・・それはいつもの食事の準備。

何がどうあれ、生きるように出来ているらしい。

細長いフランスパンをいいかげんに切って縦割りにした。アーリーレッドという紫玉ねぎとピーマンとウインナソーセージをスライスして、缶詰のダイストマトを塗りつけた上に乗っけてオーブントースターで焼き、とろけるチーズを乗せてもう一度焼く。

軽く計算してみる。外食よりずっとおいしくて安い。こんな簡単なことすらできない状態が続いていたんだ。

まったく不器用な自分だ。仕事のない日々はこんなことで何時間でも流れていく。仕事がある日々はこういう大事なささやかなことすらできずに流されている。

昨日会った闘病中の友人は、シャワーを浴びるだけで一日十数時間を費やす日もあると語っていた。

生きててもしょうがないよね・・・・と平然と語った。

生きていればそれでいいんだよ・・・とわたしは心の中でつぶやいたけれど。

ネイティブ・インディアンのように、自然の中からすべてを学びたい。毎日対面して静かに声を聞きながら生きていたい。

そう願いつつも、コンビニや自販機の光やカフェのない場所に暮らし続ける自信はまったくない。

バランスなのだと最近気が付く。どちらも必要なのだ。どちらが欠けても、どちらかしかなくてもだめなのだ。多くの人がそういうことに気が付いて、バランスのいい暮らしをしようとしはじめている。わたしはまだ上手にそれができないでいる。

海がすぐそこにあって、神様だっているこの場所に暮らしていても・・・・だ。貧しい心がもうまったくわたしを海へと向かわせない。

さて、またキッチンに戻って太陽を浴びよう。貴重な今日という日の太陽の光だ。

写真は熱海のアカオハーブ&ローズガーデン 二〇〇八年:http://www.garden-akao.com/

カメラはオリンパスμ

(さて、私がなぜ海へ行くことをきっぱり諦めてしまったか、その理由を、過去の日記を読み返して思い出しつつあります。海辺の暮らしの後半は、もっぱら電車に乗って違う場所にばかり行ってました。何事もバランスが大事だなと、当時の自分も気づきつつあったようです。それでも、いつまでたっても思い出されるのは海辺の街で暮らした日々のこと。人は何かを失ってから気づくことって多いなと思います。)

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