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海遠く 野蒜海岸の場合

by kumami

二〇一八年七月二十九日(日)、曇り時々小雨たまに晴れ間、仙台の最高気温二十九度。

以前の職場の友人と三人で、急遽ドライブに行くことになった。数年ぶりで会う友人たち。年齢はバラバラの三人。

行き先は松島。車内から見た松島海岸はけっこう賑わっていた。車を降りることなく、私のリクエストで野蒜海岸を経て奥松島まで行ってもらうことになった。

そのうち一人で電車に乗って行ってみようと、ずっと思い続けていた場所だ。子供の頃から父に連れられて海水浴に行った海。

想像をはるかに超えて、海は遠かった。

私の記憶によれば、この場所には幅の狭い、十段くらい上れば海が見えるコンクリートの堤防が横に長く続いているだけだった。

今はこんな具合に、土が横にも縦にも盛られて草がぼうぼう生えている。整備していますという看板通りにイメージすると、この土の上に道路もつくられ、視線の先にはかろうじて海が見えるようになるのだろう。

もう七年経ったけど、いつ完成するのかな。高層マンションが完成するには何年かかるのかな、なんて変な比較をしてしまう。

土手は立ち入り禁止になっていて、かつて海水浴に来た海、バイクで何度も訪れた海を見たくても見に行けない。

悲しいというよりは、思い出さえ思い出せない風景になっていた。

野蒜海岸を過ぎて奥松島方面に行く途中には、以前と変わっていないような風景や足湯のある観光施設もあった。

宮城県内の美しい海岸のランキング上位に入る月浜海水浴場も、その手前の大浜も、変わっていないようでいてどこか違っているような気がしたりもした。

台風の影響で海は荒れ気味、遊泳禁止となっていた今日、私がかつて見慣れていた海とは違った表情を見せていたためもあるのだろうか。

月浜で野蒜海岸のことを考える。想像はしていたけれど、それでも他の地域の海岸の巨大堤防ほどではなかったけれど、何とも言えない気分で濁った海をしばし見つめた。

次の写真二枚が大浜、その次三枚が月浜。

ちょっと厳しことを書いてもいいかなあ・・・他の地域の巨大防潮堤の記事を読んだときに思ったことだけど。

膨大な死者・行方不明者の悲しみの末に人間が出した答えは、海との断絶、海や自然との闘いなのか。

答えを出したのはそこに住む人々ではなく、たぶん日本の国なのだろうけど。

ただでも遠く感じていた海は、ここまで来たというのにさらに遠く、自然への冒涜ではないかとすら思えてしまう。

そもそも人間が自然に打ち勝つという考えはどうなのだろう。

自然に生かされているはずの人間が闘いを挑むべきなのだろうか。

もっともっと美しい共存はありえないことなのだろうか。

大波を乗りこなすサーファーのように、沖に出て津波をやり過ごす船のように、津波すら美しく逃げこなす技を生み出すことはできないのだろうか。

昔から何度もあったはずの津波の被害を受けながらもそこに住み続けてきた人々の、知恵と勇気と共存の技は生かされないのだろうか。

無知な私が口を出すことではないけれど、何かが何だが違うような気がしてならない。

美しく整備して人を迎え入れようという努力はとても感じられて、遠くに見える海の輝きが、こんな天気のときでもとても美しく、来て良かったなという気持ちにはなれるのだった。

友人の一人は、海を見ているとなんだか懐かしい気持ちになると言っていた。父親を思い出すのだと。

★場所の情報など

野蒜海岸:宮城県東松島市野蒜洲崎

月浜海水浴場:宮城県東松島市宮戸村

カメラはCanon PowerShot SX150IS

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