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海辺の生活 神様のお招き

by kumami

(二〇〇六年六月二四日の日記より)

この縁もゆかりもない海辺の街に

どうして私が暮らすことになったのか、それは多分、神様のお招きだったのかもしれない。

たった一度、この街に暮らす数年前に、ひょんなご縁で神輿を担いだことがあった。

この地方の奇祭と言われるお祭りが今年ももうすぐやってくる。

その祭りのポスターを見て、去年引っ越してきた当時の私は思ったのだった。

ああ、呼んでいただいたのね、もしかしたら。

寒川神社の神様に。

まあ、ここにでも暮らしなさい、悪い事はないから、

まあ、平凡に静かに暮らすことくらいなら、面倒見てあげられるから・・・海ならいくらでもあるし、と。

去年夜明け前にがんばって起きて、

パンツまでびしょ濡れになりながら写した写真をアルバムに追加しよう。

海へ散歩に行ってから。

今から、夕方の海を久しぶりに散歩しに行こうと思う。

「浜降祭」

天保9年(1838)、寒川神社の神輿が、例年春に行われる国府祭(こうのまち)【大磯町国府本郷】に渡御した帰途、相模川の渡し場で寒川の氏子と地元の氏子が争いを起こし、川に落ちて行方不明になってしまいました。

その数日後、南湖の網元である孫七さんが漁の最中にこのご神体を発見し、寒川神社に届けたことを契機に、毎年同神社の神輿がそのお礼のため南湖の浜に赴き、「禊(みそぎ)」をするようになったと言い伝えられています。

引用元:ちがさきナビ http://www.chigasaki-kankou.org/event/hamaori/

(神輿って不思議なんですよ。ただただ重くて肩が痛くてどうしようもないんですけど、うまい具合に一体感を感じてしまうと、ふっと軽くなるんです。あの重たい神輿が。掛け声もピッタリ一つになって、浮遊感というか、何とも言えない感覚に浸るのです。担いでみないとわからない感覚でした。

で、この祭り「浜降り祭」では、深夜から寒川神社とその周辺の神社から神輿を担いで茅ヶ崎の海岸に向かうんです。たくさんの神輿が一か所に集まって最後はどっぷり海に浸かって、それはもう勇壮というかなんというか。どうってことないようでいて、かなり興奮する祭りです。写真を撮っているうちに、いつの間にか海に入ってしまい、波が来てずぶ濡れになりました。

人ごみって実は苦手なんですけど、祭りは特別です。いつの間にか夢中になってしまえるのがいいですね。ところで、この日の日記の締めくくりはこんな感じでした。ちょっと残念ですが・・・)

散歩ははっきり言うと、あまりいい気分ではなかった。

もう、わたしの海の季節は終わったらしい。

人工的な洗剤のような匂いが満ちていた。

水の色が濁っていた。

砂浜にはごみが海藻のように当たり前の自然のような状態で散らばっていた。

私たち人間がやらかしている事のすべてだから、不快だと言って誰にも文句は言えない。

深く深く反省して、無駄な努力をし続けないといけない。

人が生きている限り、終わらない創造と破壊の繰り返しだから。

(今頃、この海岸はどんなふうになっているのかなと思います。日々海岸の形状を変化させる波と風が人の力などお構いなしに自然の状態を取り戻してしまうのだろうけど。あの当時も護岸をしていたから、かなり様子は変わってしまっているかもしれません。ただし、季節によっても違っていましたから、秋から春にかけてのこの海は、今でもやはり静かで美しいのではないかと思います。そうあってほしいです。

さて、いつまで続くでしょう、私のノスタルジーは。)

★場所の情報など

写真は相変わらず茅ヶ崎海岸。二〇〇五年~二〇〇六年のもの。

カメラはオリンパスμ

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