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サザエの思い出

by kumami

(二〇〇五年の日記より)

        М船長に捧ぐ

板前のおじさんに軽く会釈して、小さな店のカウンターに座る。

すぐに、おばさんがでかいおわんの味噌汁を持ってきてくれる。

板前のおじさんは、頼んでいないのに「はいサザエ」と言って私のためにヒメサザエを握ってくれる。

せっかくだからいつもありがたく頂く。

はじめてその店に行った日、たった一度ヒメサザエをリクエストしてから、

行く度にヒメサザエを握ってくれる。

歯ごたえが良くて、食べごたえがある。

一皿ちゃんと二貫のって八〇円。(二〇〇五年の話です)

ネタが怪しい?産地があやしい?

なんてこと考えても、安くておいしいならまあ、いいかって気になる。

ほとんど期待しないで入ると、けっこう嬉しい気持になれる店。

目の前を通り過ぎて行くお寿司たちを見ながらぼんやりするのは心に良い。

ヒメサザエ、たまご、えび、えんがわ、トロサーモン、かなり満足。

サザエは私にとって特別なもの。

一〇年ちょっと前の思い出がある。

ものすごく楽しくて悲しかった思い出。

その出来事の後、私は半年泣いた。

船乗りに憧れていた。

航海することを夢見ていた。

海に近づきたかった。

思いが叶い、クルージングクラブに入会し、梅雨の晴れ間に、横浜から伊豆の島へ向かった。

心細いほど小さなクルーザー、だけど海に精通した頼もしい船長との旅だ。

通り過ぎる島々の美しさ、海中温泉、イカ釣り、魚群に群がるトリヤマ、

海の恐さ、優しさ、美しさ、そこにある大切なものすべて、船長が愛していた海のすべてを私達に伝えようとしてくれた。

宿でぐっすり眠っている間、船長は海に潜ってサザエを捕ってきてくれた。

何も知らなかった私には、ただのサザエ。

ちょっと贅沢な、ただのご馳走。

クルージングから戻って、サザエをつぼ焼きや刺身で頂いた。

本当においしかった。

ご馳走さま、と言って帰ろうとする私に、船長はサザエの貝殻を持って帰れと真顔で言った。

「???貝殻もらってどうするんですか?」

私は言い放った。

「ばかだなあ、記念に飾っておくんだよ。きれいだろう。」

船長は少し怒り顔になる。

しぶしぶ一個だけもらってきた。

ごつごつしたサザエの貝殻がきれいだとは、その時の私には思えなかった。

その一週間後、船長は事故で亡くなったことを偶然知った。

何年ぶりかの楽しい時間を、夢だった海で船で過ごした。

心から楽しさと感動を感じた。

そんな私を、なぜだか優しく静かに遠くから見守ってくれていた船長。

その後、私はたった二日間の思い出を思い返しては泣く日々を送った。

たった一つだけ残された形あるもの、サザエの貝殻を握りしめて。

あとで知ったこと。

そのサザエは、普通のサザエの数倍の大きさがあり、トゲは張り出して長く、本当に美しいということ、そういうサザエは、潮の流れの激しい所で育ったものであることを。

船長には、もっともっとたくさん教えていただきたい事があった。

本当に大切な事、守らなければいけない美しいものたちの事を。

もう、あのような人には出会えないだろうと思う。

悲しいけど。

★写真の情報など

茅ケ崎海岸、東京湾、金谷港あたり。(当時の写真が無いのでイメージです)サザエの貝殻の写真は本物。いずれもかなり過去の写真。

カメラはオリンパスμ

(ここのところ色々と気持ちが落ち着かず、こういう作業をしていると集中できるので、またここにきてしまいました。それと、過去の日記から、残しておきたいものをここに移しておこうかという気持ちにもなっていて。あ、もう寝ないと・・・)

    

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